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蔵元日記vol.504【ホームページのニュースから】

最近のうちのホームページのニュース欄に二つほど大事なお話が載っています。一つは「ご当地獺祭の発売」、もう一つは「6月入社の新卒採用活動について」です。どちらも少し背景など説明したい話ですが、「ご当地獺祭」については発売まで少し時間がありますし二つともとなると長すぎるのでまず一つだけ説明させてください。

 

で、6月入社の新卒採用活動です。10名程度の採用を考えています。通常の4月採用組も10名を超していますから、相当の募集人員になります。これでも実は足りません。昨年秋の段階で製造から出ていた希望は「40名の増強」というものでした。それに対し新卒入社予定者と途中入社を入れても増強予定はまだ20名弱にしかなっていません。(そうですコロナ禍で経済が痛んでるとマスコミが騒ぐのと裏腹に欲しい業種には人手不足なんです)

 

ところで、なんでこんなに人が要るんでしょう? ただいま獺祭の製造スタッフは分析まで入れると123名。これに出荷の男女スタッフの約50名を足すと170名強の大所帯になります。(この中には営業とか事務などの間接部門は入っていません。入れたら総計200人弱)

 

いくら獺祭は「杜氏による真心を込めた酒造りに背を向けた、社員による大量生産」(ある週刊誌曰く?)と言っても、灘・伏見の大手メーカーと比べたら製造量は十分の一ぐらい。でも製造にかかわっている人数で言うとおそらくそういうメーカーさんと並ぶかそれ以上と思います。

 

1965年に灘の生酛づくりで有名なある大メーカーが新工場を作ります。その酒蔵の説明を読むと、「100名の蔵人と社員で3万石の酒を造る能力を持つ」とあります。獺祭は昨年、「123名で3万石(昨年)の酒」を造っています。両者の間には60年近い年月が経っているのに!? おそらく一般的な地酒メーカーと比較しても製造石数比で言うと倍ぐらいの人数が獺祭には居ると思います。

 

しかも獺祭の酒造りは杜氏さん達が伝統的に採用する「皆が寄り集まって造る」方式から遠く、パートパートに分かれて作業する分業制です。いわゆる「村の寄り合い」制度の延長線上にある、能率より集団が同一行動をとることを重視する作業方式を嫌い、徹底的に能率重視の作業方式です。しかし、仕上がりの作業精度を重視しますから、ますます人の重要性が増してきてこの人数なのです。

 

これが一部には「オートメーションで酒を造っている(に違いない)」と言われる獺祭の真実なんです。

 

でも・・・・・、これで良いと思っているか? 思っていません。

 

もう少し社員のみんなの作業負担を楽にしてやりたい。作業手順も工夫したら洗米担当者の腰の負担も減るんじゃないか。麹の箱や床の高さも本当にこれでいいのか。酒の製造機器も良いものがあるんじゃないか? AIやロボットを使えばそれができるんじゃないか。様々な工夫や機器の導入をしてきましたがなかなかうまくいかないのが現実で、その結果がこの人数です。

 

例えば洗米ロボット。人間と同程度の繊細なコントロール能力があるということで導入しました。今までの他社の機械より優秀ではあります。しかし残念ながら米の状況を見ながら人間だったら即座にコントロールし始めるのに機械はある一定時間が経過しないと対応し始めない。

 

そういうことなら、人間側が機械に合わせてやればいいんじゃないかと思って色々工夫させましたがなかなかうまくいきません。いえば熟練した人間が95点の作業をするとしたとき、機械はその工夫により85点が90点までは上がりますがそれ以上ではない。

 

しかも酒造りが複雑になってきているのです。今のお客様の本当の満足を追いかけるためには今までの作業方式もどんどん変えていかなければいけない。結果として今までの仕事量だけでは難しくなっている。しかもエクソソームの抽出とか今までになかった作業も入り始める。ここに必要な製造人員がどんどん増えていく理由があるのです。

 

しかも獺祭の勝ちパターンは製造コストを経営上許される限りまで引き上げて、それにより競争優位な品質を獲得する。その品質を背景にお客様の評価を高め、売り上げを上げていく、というものです。製造のコストを下げることにより粗利益を高め、それを広告費やマーケティング経費につぎ込んで勝ち組企業になる、という今までの成功の常識と全く違うのです。(だから米もあの高い山田錦にこだわるのです) だから必要製造人員もますます増えるのです。

 

これはしかしどこまで許されるんだろう。優秀な社員を必要としているわけですからそれを集めようとする。その若い社員をただ使い潰してしまう結果になるんじゃないか。私はずっとその不安に悩まされていました。

 

しかし、ちょっと大きな話になりますが、最近、「社会の所得格差が広がった事により資本主義社会の終焉が始まった」という話があちこちで言われます。そしてそれは経済のグローバル化がもたらした災厄だと。つまり、企業は人件費の安いところで生産をしようとしますから、先進諸国で生産に携わっていた人たちの仕事は海外に行ってしまい、国内では仕事が消滅してしまいます。それが中産階級の没落につながっている、というものです。

 

だけど、この方向は、グローバル化の前に人間が「技術と科学の進化」に踏み込んだ時点で始まっていたと思います。例えば鉄道が普及すると馬車の御者は失業してしまった。その意味では人類が進歩する限り永遠の問題なんです。しかし人類は進歩を捨てることはできません。

 

ただ、ここには「品質の進化」という概念はあるにはあるのでしょうが低いと思います。そこそこの品質であればそれで良しとする。だから機械も導入できるし人件費の安い国で生産することもできるのです。しかし、慢性的な品不足だった19世紀なら、また後進国なら、問題にならない話も、先進諸国、そして日本社会ではそうでもないはずです。今の消費者がいつまでそんな生産者側の都合だけでできた商品に満足するでしょうか?

 

これに対する獺祭の答えは、「さらなる品質の追求」です。そのためにこの前代未聞の人数の製造スタッフが必要なのです。いろんな企業が国内生産に回帰することが各国で求められていますが、それだけでは片手落ちで、この「品質の追求」という概念こそ、お客様が掛ける対価以上の品質を手に入れるという満足を得ながら、結果として社会の経済格差をなくしていく方法と思います。

 

そして、この新しい労働集約型方式で造られた獺祭は、今年、半分以上が輸出に回る予定です。つまり、海外にとられていた仕事を取り返して、今まで以上の付加価値を付けて輸出するということです。

 

この蔵元日記を読んでおられる方で、今から就職予定の方、ぜひ応募してください。またそんな人を知っている方、ぜひ薦めてやってください。

http://www.asahishuzo.ne.jp/news/info/004828.html



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